コルシア書店の仲間たち

須賀のことは敬遠してきた。別に彼女を特別きらう訳じゃない。塩野七生津村節子といった、いまから数十年前の昭和の古い女性作家には、端的に偏見から、近づかないようにしてきた。一言でいえば、彼女らの余裕が気にくわないからだ。自身の向ける視線に反省なしに、中産階級の安寧な目線で、上流階級やより良きものを描き、そして、作家自身の経済社会的な外面と人間関係の豊かさという、すべての面で生活における優位が鼻につくのだ。

安楽な椅子に座り、己の贅沢な悩みや悲しみ、ノスタルジーに浸る余裕を見せつけられるように感じるからだ。悲しいことに、そこからわたし自身の労働に明け暮れる貧しい生活を比べずにはいられない。

彼女たちは、読者に驚きを与えず、ぬるま湯の文章で延々と無意味な感動を垂れ流し、読者もそれを疑問に思わず運ばれていくことに抵抗がない、よく言えば節度ある内容は、いま現実に想像できない。そんな時代はもうない。

わたしたちは時間とお金に追い込まれ、外界の暴力にいつ晒されるか怯えながら生きている。

コルシア書店の仲間たち (文春文庫)

コルシア書店の仲間たち (文春文庫)